友人たちと、居酒屋に食事に出かけたときのことです。
予約していたお店に入ると、若い店員さんが迎えてくれて、こう言いました。
「ご予約の○○様ですね、3名様でよろしかったでしょうか?」
友人が「はい」と答えると、
「では、お席の方へご案内いたします」
と言って、私たちを店の奥の小上がりへと誘導してくれました。
私たちが席に着くと、テーブルに置かれた手書きのメニューを右手で指し示して、
「こちらが本日のおすすめ料理になります」
「先にお飲み物の方をおうかがいいたします」
「19時まではハッピーアワーで、お飲み物が半額になります」
私たちが「じゃあ、生ビール3つ」「あと枝豆と」と言うと、
「ありがとうございます」
「ご注文は以上でよろしかったでしょうか?」
「少々、お待ちください」
と言って、私たちに頭を下げて、テーブルを離れました。
さて、食事を終えて、私たちはレジへ会計に向かいました。
レジでは、別の店員さんが、私たちを迎えてくれました。
「ありがとうございます。12,600円になります。お支払いは…」
友人が、「現金で」と言って店員さんにお札を渡すと、
「13,000円からお預かりいたします」
「領収書の方は必要でしょうか」
と聞かれたので、「結構です」と答えると、
「承知しました」
「こちら、お釣りとレシートになります」
と言って、手渡してくれました。
「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」
と言って、入り口の引き戸を開けて、私たちを店の外まで見送ってくれました。
食事もおいしかったし、値段も手ごろだったし、店員さんの接客もよかったし、みんな満足して、帰路につきました。
さて、居酒屋でのよくある接客シーンですが、何か少し気にならないでしょうか。とても丁寧な接客のようですが、店員さんの敬語にどこか違和感がありませんか。
勘のいい方は、そもそも違和感のあるタイトルを見てすでに気づかれていると思いますが、今回は「バイト敬語」と呼ばれる独特の敬語表現について調査したので、代表的なバイト敬語の解説と考察を行います。
バイト敬語とは
ファミリーレストランやコンビニエンスストアなどの店員さんが使っている独特な敬語のことを、「バイト敬語」といいます。「ファミレス敬語」、「コンビニ敬語」ともいいます。また、そのような敬語を、接客用語としてマニュアル化して指導している企業やお店もあることから、「マニュアル敬語」ともいいます。
では、先ほどの居酒屋での店員さんとの会話を振り返りながら、代表的なバイト敬語について解説していきます。
よろしかったでしょうか?
⓵ 「3名様でよろしかったでしょうか?」
⓶ 「ご注文は以上でよろしかったでしょうか?」
聞き流してしまいそうですが、よく考えてみるとどこか変です。
なぜ、「よろしい」ではなく「よろしかった」と過去形なのでしょうか。
調べてみると、「よろしかったでしょうか?」は、過去の出来事や、自分の記憶が間違っていないかどうかを相手に確認するときの表現のようです。
たとえば、「来週のイベントは、中止ということでよろしかったでしょうか」といった使い方です。そう考えると⓵も⓶も、今、目の前で起こっている出来事なので、「よろしかったでしょうか?」は不自然です。
ただ、⓵については、店員さんが私たちを見て言ったのではなく、予約したときの人数を記憶していて、あらためて私たちに確認したのだとしたら、これは正しい表現といえるかもしれません。
⓶についても、「ご注文は、生ビール3つと枝豆でよろしかったでしょうか?」なら、自分の記憶が正しいかどうかの確認なので、正しい表現かもしれません。
いずれにしても、どちらも「よろしいでしょうか?」でいいのではないかと思います。
⓵ 「3名様でよろしいでしょうか?」
⓶ 「ご注文は以上でよろしいでしょうか?」
「よろしいでしょうか?」と「よろしかったでしょうか?」を比較してみると、「よろしいでしょうか?」の方は、相手に確認を求めている(相手の責任)ように聞こえます。それに対し、「よろしかったでしょうか?」の方は、自分に間違いがないかを相手に確認している(自分の責任)ように聞こえるので、不思議です。
~の方(ほう)
⓵ 「お席の方にご案内いたします」
⓶ 「先にお飲み物の方をおうかがいいたします」
⓷ 「領収書の方は必要でしょうか」
接客シーンに限らず、普段からなにげなく使っている表現ですが、これもよく考えると変です。
⓵「お席の方」って、お席の方向、方角ってことでしょうか。⓶「お飲み物の方」っていうのは、お飲み物とお食事の「お飲み物の方」ってことのような気がします。では、⓷「領収書のほう」っていったい何に対して、「領収書の方」なのでしょうか。
調べてみると、「〜の方(ほう)」には、いくつかの意味があるようです。
一つ目は、「だいたいの方向や方角を示すとき」です。
これは、「私は北の方から来ました」とか「コンビニはあっちの方にあります」といった使い方です。
二つ目は、「二つ以上の物や事柄を対比したり、比較したりするとき」です。
これは、「(チョコとバニラの)バニラの方をください」とか「(どちらにしようか迷っている人に)こちらの方がお買い得です」といった使い方です。
三つ目は、「漠然とした表現をするとき、遠回しに確認するとき」です。
「日程の方はいつにしましょうか」とか「お体の方はその後いかがですか」、「レジ袋の方はお付けしますか」、「コーヒーの方をお持ちしました」といった具合に、様々な物事に対して付けることができるため厄介であり、違和感の原因になっているのだと思います。
⓵は、方向・方角だと捉えることもできます。
⓶は、お飲み物とお食事の対比と考えると、このままでもいいのかなと思います。
⓷は、あきらかに漠然とした表現、遠回しな表現ですね。
どれも「〜の方」を取ってしまっても意味が通じるし、その方がすっきりします。
⓵「お席へご案内いたします」
⓶「先にお飲み物をおうかがいいたします」
⓷「領収書は必要でしょうか」
ただ、「〜の方」があるときとないときを比較してみると、「〜の方」を入れた方が相手との距離が少し離れたような印象を受けます。この相手との距離を置くということが「敬語」として用いられている理由のように感じました。
~になります
⓵「本日のおすすめ料理になります」
⓶「お飲み物が半額になります」
⓷「12,600円になります」
⓸「お釣りとレシートになります」
確かに「〜になる」っていう表現は、色んな場面で使われているような気がします。
調べてみると、動詞の「なる」にも複数の意味があるようです。
一つは、「何かから何かに変化する」ことを意味します。
「蛹(さなぎ)から成虫になります」とか「来年で二十歳になります」といった使い方です。
ほかには、「〜にあたる」「〜に相当する」といった意味もあります。
「(結婚式などで)彼は私のいとこになります」といった使い方や、名前や見た目だけでは想像がつきにくいものに対して、「こちらが鹿肉のロースト赤ワインソースになります」といった使い方をします。
したがって、変化しないものや、名前や見た目で容易に想像がつく物事に対して「なります」を使うのは、そもそも間違いのようです。
⓵テーブルに置かれたメニュー、⓶お飲み物、⓷会計の金額、⓸お釣りとレシート、いずれも変化もしないし、容易に理解できるので、間違った使い方といえそうです。
いや、⓶については、通常の価格が会計のときに半額に変化するという考え方だと、これは正しい使い方かもしれません。
「〜になります」は、「〜です」の丁寧な表現である「〜でございます」の代わりに使われるようになったようです。そこで「〜でございます」に置き換えてみました。
⓵「本日のおすすめ料理でございます」
⓶「お飲み物が半額でございます」
⓷「12,600円でございます」
⓸「お釣りとレシートでございます」
確かに、⓶はもとの「お飲み物が半額になります」の方が伝わりやすい気がします。
まとめ
今回は、居酒屋での店員さんの接客シーンから、「バイト敬語」について調査を行い、代表的なバイト敬語について解説いたしました。今回、紹介したバイト敬語の他にも、「13000円からお預かりいたします」の「〜からお預かりします」も、独特なバイト敬語の1つです。
かく言う私自身も、普段を振り返ってみれば、気づかないうちにバイト敬語を使っているような気がします。
「請求書の方をお届けにまいりました」
「こちら、請求書になります」
「日付の方は、8月でよろしかったでしょうか」
といった感じでしょうか。
みなさまはだいじょうぶでしょうか。
飲食店やコンビニエンスストアのアルバイトは比較的若年層が多いため、バイト敬語は、「若者の言葉の乱れ「や「若者言葉のひとつ」として捉えられることもあります。
一方で識者の方の中には、「日本語の変化」として捉えている方もいらっしゃいます。
言葉は生き物であり、常に変化・進化をしている。しかも、変化は若者から起こり、徐々に標準化していくのが世界中の言語の傾向、とのことです。
確かに、今回の考察からもあながちすべてが間違っているとはいいきれないのではないかと思いました。
とはいえ、総じて「バイト敬語」はよくないという声の方(←この方は正しい使い方です)が多く見受けられるので、受け入れられているとは言い難く、バイト敬語に多くの方が違和感を抱き、場合によっては不愉快に感じる方がいらっしゃるのは事実です。
私自身、あらためて気をつけようと思います。