電動車いすとユニバーサルデザイン 1

電動車いすとユニバーサルデザイン 1

2024年2月29日
レポート

私が幼少のころの、朧げな記憶です。

祖父、祖母の家の近くに保養センター(今でいう高齢者介護施設でしょうか)がありました。

子どもも出入りすることができて、ちょっとした遊具や絵本などもあったように記憶しています。

大きな玄関には車いすが置いてありました。大きな車輪がついていて、乗り物好きだった幼い私は乗ってみたくて興味津々でした。

すると、センターのお姉さんが車いすに近づく私に「それは車いすといって、足が不自由で歩くことができない人のための乗り物なのよ」と教えてくれました。

以来、私にとっての車いすは「歩くことができない人のための乗り物」でした。多くの方もおそらくは私と同じなのではないかと思います。

あるとき、街の中でご高齢の方が電動車いすでスイスイ移動しているのを見て、なんだか便利そうだなと思いました。

不謹慎だと思われた方が多数いらっしゃるかと思います。そのときは私自身も不謹慎だと思いました。

しかし、便利なものをみんなが共有するといった観点で考えると、歩ける人も、疲れたときや歩きたくないときには電動車いすを利用してもいいのではないでしょうか。

今回は、電動車いすを例にとって、バリアフリーとユニバーサルデザインについて少し考察しようと思います。

電動車いすとは

電動車いすとは、その名の通り電気(バッテリー)を動力として動く車いすです。

車体の大きさは、長さ120センチメートル、幅70センチメートル、高さ120センチメートル以内で、突起などがないことと制限されています。

最高速度は時速6キロメートル以下で、道路交通法では歩行者とみなされ、歩道を走行します。

電動車いすは、操作方法の違いで大きく分けると2つのタイプがあります。

1つ目は「ジョイスティック型」で、手元のレバー(ジョイスティック)で操作するタイプの電動車いすです。
比較的コンパクトで屋外での利用だけでなく、室内での移動にも向いています。
写真のように、手動の車いすに後から補助動力装置を取り付けたものもあります。

普通型電動車いすの画像
ジョイスティック型 電動車いす

もう1つは「ハンドル型」と呼ばれる、自転車やスクーターのようにハンドルで操作するタイプの電動車いすです。シニアカー、電動カートとも呼ばれています。

ハンドル型 電動車いすの画像
ハンドル型 電動車いす

ハンドル型は、日常的に歩行が困難な方よりも、自力で歩行することはできるが、長距離の歩行や長時間の歩行に不安を抱えるご高齢の方が多く利用されています。

電動車いすには動力が付いていますが、運転免許は不要で年齢制限もありません。つまり、誰もが自由に乗ってもいいことになっています。そのため、電動車いすは、自動車運転免許返納後の高齢者の移動手段としても期待されています。

電動車いすは誰のためのもの

車いすとは、身体の機能障害などにより歩行が困難となった人の移動に使われる福祉用具で、電動車いすは、その車いすに動力装置(モーターとバッテリー)を取り付け、より省力でも移動を可能にしたものです。つまり、歩行が困難な人の歩行を支援するための乗り物というのが、おそらく多くの人の認識だと思います。

では、歩行が困難な人とはどんな人でしょうか。

交通事故で障がいを負って自力では歩くことができなくなった人。加齢で足腰が弱くなって歩くことが困難になった高齢者。事故や疾病、加齢などで歩けなくなる、果たしてそれだけでしょうか。たとえば、親子遠足で長時間歩き疲れて、今日はもう歩きたくないお母さん、草サッカーで走り疲れて筋肉痛のお父さんはどうでしょうか。いや、そもそも歩くことが嫌いで出不精になっているお兄さんはどうでしょうか。

そう考えると、誰もが一時的に歩けない人や歩きたくない人になり得ると思います。

先述の通り、電動車いすは道路交通法の上では誰でも乗っていいことになっています。歩けるけど、歩きたくない人が一時的に利用しても、なんら問題はありません。しかし、実際にそのような人が利用しているかといえば、ほとんどそんなことはないと思います。なぜならば、車いすは「歩くことができない人の乗り物」だと私たちが思っているからだと思います。

バリアフリーとユニバーサルデザイン

バリアフリーとは、特定の人(障がい者や高齢者)にとって障壁(バリア)となるものを取り除く(フリー)という建築用語が由来で、障がい者や高齢者にとって生活の中で不便なものを利用できるように改善する取り組みです。

一方で、ユニバーサルデザインとは「すべての人のためのデザイン」、もう少し詳しく言うと、年齢や性別、国籍や障がいに関係なく、より多くの人々が製品やサービス・情報などを快適に安全に利用できるように配慮されたデザイン・取り組みのことです。

バリアフリーが特定の人に向けて、後から作られた専用品であるのに対して、ユニバーサルデザインは、最初から障がい者や高齢者を含めたより多くの人が使えるように設計されたデザインのことで、似ているようで少し異なります。

バリアフリーは専用品であるが故に、行きすぎると一般の人が使いにくくなってしまうこともあります。

たとえば、バリアフリーの例として、駅の「車いす昇降機」があげられます。

車いす昇降機は、駅の階段を利用できない車いす利用者に向けて、後から設置された車いす専用の設備です。利用するには駅員さんに手伝ってもらわなければならないし、利用時は階段の幅が狭くなるため、混雑しているときには利用することを躊躇してしまいます。

駅の車いす昇降機の画像
駅の車いす昇降機

対して、エレベーターは車いす利用者だけでなく、ベビーカーを押している人やキャリーカートを引いている人など、誰もが便利に利用することができることから、ユニバーサルデザインといえます。

駅構内に設置されたエレベーターの画像
駅構内に設置されたエレベーター

このように書くと、バリアフリーよりもユニバーサルデザインが優れているように聞こえますが、そういうわけではなく、どちらも大切な設計思想です。

また、バリアフリーがユニバーサルデザインになった例もあります。

誰もが知っている「ライター」がその例です。

ライターは、第一次世界大戦後のドイツで、戦争で負傷して片腕を失いマッチを使えなくなった人が、片手でタバコに火をつけるために開発されました。もともとは、障がい者のための専用品でしたが、多くの人にとってマッチよりも便利なので、今ではマッチの代用品として広く一般的に使われるようになりました。

ライターでタバコに火をつけている男性の画像

また、温水洗浄便座も、もともとは病院での局部疾患・手術後・妊産婦の方のための医療用機器として開発されましたが、現在では家庭や公共トイレなどでも一般的に広く使われています。

電動車いすも、身体の機能障害などにより歩行が困難となった人の移動に使われる福祉用具として開発されたものですが、より多くの人が歩くよりも便利と感じて利用するようになれば、ライターや温水洗浄便座のように、広く使われるようになるかもしれません。

また、はじめから、歩けない人、歩ける人にかかわらずすべての人の利用を想定して開発された、「ウィル」(WHILL)という電動車いすがあります。

ウィル モデルCツーに乗る男性の画像
近距離モビリティ WHILL Model C2

ウィルは、「すべての人の移動を楽しくスマートにする」をミッションとして、より多くの人の歩行を支援するユニバーサルなモビリティとして開発されました。

ウィルのホームページに掲載されている開発ストーリーには、以下のように記されています。

ウィルは、この眼鏡の例を参考に、ウィルを「車いす」ではなく、「パーソナルモビリティ」、「近距離モビリティ」として再定義しています。

一人の車椅子ユーザーの言葉から開発が始まり、世界のインフラ化を目指すまでのWHILLのストーリーです。
whill.inc

まとめ

今回は、電動車いすを例にとって、バリアフリー、ユニバーサルデザインについて考察してみました。

健常者(歩ける人)が、電動車いすを利用するということは、やや飛躍した考え方かもしれません。しかし、歩けない人も歩ける人も、より多くの人が電動車いすを利用することで、さまざまなメリットも考えられます。

電動車いすの利用者は、少なからずマイノリティであるがゆえの阻害感を感じています。また、高齢者においては、電動車いすを利用することが老いを受け入れることのようで、便利なのに利用することを躊躇している人がいます。それが原因で外出の機会が減り、心身の虚弱(フレイル)につながるともいわれています。

さまざまな人が電動車いすを利用することで、利用することに対する疎外感は少なくなるし、みんなが使っているから便利そうだし使ってみようかと、積極的に利用する人が増えることが期待されます。

電動車いすは歩行者として歩道を走行するとお伝えしましたが、歩道には段差や障害物など、歩行している分には気づかないさまざまな障壁(バリア)が多数あります。より多くの人が電動車いすを利用することで、バリアの除去・改善が進むことも期待できます。

また、現在、ハンドル型の電動車いす(シニアカー)による転倒事故や衝突事故が増えています。より多くの人が利用することによって、必然的に利用上のルールなども今より整備されていくことになると思います。

近い将来、「おじいちゃん、ちょっとコンビニに行くから車いす借りるね」と、孫がおじいちゃんの電動車いすを借りて近所のコンビニに出かけるような光景が見られるようになるのではないか、と私は思っています。

次回は、先に紹介した近距離モビリティ 「ウィル」の試乗レポートをお届けいたします。