前回の記事のつづきです。
前回は点字の歴史と点字の基本について学びました。今回は、前回学んだ点字の基本を使って、身の回りにある点字を実際に読んでみることにしましょう。
そして、私たちの身の回りの点字が抱えている課題について考えてみたいと思います。
点字の基本をもう一度おさらいしたい方は、下記のリンクから前回記事をご覧ください。

1 家の中の点字
「あれっ、家の中に点字なんてあったっけ」と思いますが、意識して探してみると、色んなところに点字が見つかります。実際に私の家の中で見つかった点字です。
家電製品
まずは、炊飯器です。

タッチボタンの下に点字が見つかりました。なんて書いてあるのか読んでみましょう。

墨字*とまったく同じように表記されているわけではないのですね。省略されていたり、別の言葉に言い換えられていたりします。
* 墨字(すみじ): 点字に対して、紙に書かれた文字や、印刷された文字のこと
次に見つけたのはトイレの温水洗浄便座です。

温水洗浄便座はボタンの上に点字が見つかりました。こちらも読んでみましょう。

どうでしょう。みなさんも読めましたか。
ここで一つ疑問です。
先ほどの炊飯器はボタンの下(または左下)に点字が記されていましたが、こちらの温水洗浄便座はボタンの上に点字が記されています。実際に視覚障がい者(目の見えない方)が利用したとき、ボタンの位置に迷わないのか気になったので、点字の表記位置について少し調べてみました。
すると、下記のガイドラインが見つかりました。
◆家電製品における操作性向上のための点字表示に関するガイドライン
こちらのガイドラインによると、「点字の表記位置は原則として操作部分の左側、または上側」と書かれています。これは点字を左から右に読んで理解するという行動の流れに沿っているので納得です。
ただし、「形状や表示スペースなどの理由で困難な場合は、操作部分の近傍のわかりやすいところに表示」とも書いてあります。
ルール(原則)はあるけれど、イレギュラーは仕方ないね、ということのようです。
また、炊飯器で見られた言葉の省略や言い換えについても、ガイドラインには書かれています。
許容範囲内であれば、言葉の省略も言い換えもオッケーのようです。
ただ、あくまで私の個人的な感想ですが、「メニュー」が「メ」と表記されているのは、本当にちゃんと伝わっているのかなと思いました。
食品・飲料
つづいては、冷蔵庫の中の食品です。
点字が付いていたことを真っ先に思い出したのがこちら、缶チューハイ(缶入りのアルコール飲料)です。

缶の上部に点字があるので、読んでみましょう。

オサケ(お酒)と書かれていました。
気になったので、後日に缶ビールやノンアルコールビールについても調べてみました。
まずは、缶ビールです。

缶チューハイと同じく点字がありますが、書かれている内容が違う・・・ と思ったら逆さにして読んでいました。書かれている内容は缶チューハイと同じく「オサケ」でした。
ここで気付いたのは、今回調べたこの缶チューハイと缶ビールでは、点字の書かれている場所がプルタブの上下で異なっているということです。
点字の書かれている位置や向きが決まっていないことで、視覚障がい者(目の見えない方)は点字の有無を間違えないのかなと思いました。
ノンアルコールビール(アルコール0.5%未満)についても調べてみたところ、ノンアルコールビールには、点字の表記がありませんでした。
つづいて冷蔵庫の中で見つかったのはジャムです。

ビンに点字があります。

ジャムと書かれています。ジャムの種類(イチゴとかアンズとか)まではわからないのですね。
こんな風に、普段私たちが生活している家の中にも、気をつけて見れば点字がたくさんあることがわかります。
2 街の中の点字
今度は、家から外に出て、街の中にある点字を調べてみました。
駅の点字
私の職場の最寄り駅で点字を探してみました。
まずは、自動券売機です。

券売機のいたるところに点字がありました。いくつか読んでみましょう。

「よびだし」、「とりけし」は、書かれている内容がおよそ想像できましたが、右側の長文は、
左下のキーで開始 金額入力 右下のキーで確定 現金 カードを投入
と、券売機の中央にあるテンキーの使い方が書かれていたのですね。
エレベーターには、ボタンに点字が見つかりました。

上のボタンは、てっきり墨字と同じく「ホーム」、「改札階」と書かれているのだと思ったら、「地下3」、「地下2」でした。
数字の表記のしかたは前回説明していませんでしたが、「数符」を使って表記します。
もしかすると、階数表示だけだと行き先がわからないので、後から墨字だけホーム・改札階の表示が貼られて、点字はそのままになっているのかもしれませんね。
階段には、手すりに点字が見つかりました。

最初の点字は何かなと思ったら、その後ろの長音2つと組み合わせて、矢印(←)ということですね。あとは、墨字と同じ内容が書かれています。
ふと気付いたのですが、写真の右上に墨字で書かれている「左側通行」の情報がありません。
視覚障がい者(目の見えない方)は左側通行であることをどこで知るのでしょうか。
仮に視覚障がい者がこの手すりを握って、知らずにそのまま右側を降りていくと、当然上ってくる人とぶつかってしまいます。
もちろん、晴眼者(目の見える方)は白杖を持っている視覚障がい者が前から降りてくるのが見えれば、避けることはできます。しかし、この階段は幅が狭く、人ひとりすれ違うのが精いっぱいなのです。右側からも階段を降りてくる人がいると、避けることができずにぶつかってしまうのではないかと思いました。
ちなみに、反対側の手すりを見ると、こちら側には点字はありませんでした。

駅などの公共施設に点字が使われていることは、多くの方が気付いていると思いますが、実際に何が書かれているのか読んだことがある方は、少ないのではないでしょうか。
今回は、実際に何が書かれているのかを知ることで、様々な気付きが見つかりました。
ちょっと変わった点字
渋谷区役所のトイレには、ちょっと変わった点字が使われています。


ブレイルノイエ(Braille Neue)というフォント(文字)です。
この点字の特徴は、見ての通り墨字と点字とが一体になっていることです。
つまり、晴眼者(目の見える方)も視覚障がい者(目の見えない方)も読めるフォントです。言い方を変えれば、目で見て読んでもいいし、指先で触って読んでもいい、自由度の高い(ユニバーサルな)文字といえます。
これだと、点字の読めない晴眼者にも、点字で何が書いてあるかわかりますね。
また、点字に興味を持つきっかけになるかもしれませんね。
3 点字が抱える課題
点字の間違い(誤表示)
視覚障がい者(目の見えない方)への配慮として、街の中のさまざまな場所で点字表記がされていますが、意外にも街の中の点字には、間違い(誤表示)も多いと聞いたことがあります。
点字は墨字をもとに、点字の読み書きができる専門の方が点訳(墨字から点字に訳すこと)して作られています。この点訳の段階では入念な校正が行われているので、点訳間違いはほとんどありません。
しかし、この点字(シール)を対象物に貼り付ける際に、誤って上下逆さまに張り付けたり、何かの拍子で別の点字と入れ替わったことに気付かなかったりすることで点字の誤表示が起こります。
また、大半の晴眼者(目の見える方)が点字を読めないため、点字が間違っていることに気付かずにそのままになっているとも思われます。
点字を読める人は視覚障がい者の約10%
表題のとおり視覚障がい者(目の見えない方)の中で、点字を読める方はわずか10%といわれています。
これは、生まれながら(あるいは若年)にして視力を失ったのではなく、高齢になってから視力を失う方が圧倒的に多いことが一つの理由です。
糖尿病の合併症や高齢者の加齢に伴う緑内障などの場合は、高齢になってから患い、点字を学習する機会のないままに徐々に視力を失ってしまうからです。
そして、超高齢化社会に伴い視覚障がい者の数も増加しています。
どちらの課題も、大半の晴眼者(目の見える方)が点字を読む機会や点字を学ぶ機会を持たないことが、原因の一つであるような気がします。
まとめ
今回は、身の回りにある点字に何が書かれているのかを実際に調べてみました。
そして、普段何気なく目にする点字に何が書かれているのか知ることで、色んな気付きが見つかりました。
私たち晴眼者(目の見える方)は、視覚障がい者(目の見えない方)への配慮として点字を整備することには積極的ですが、残念ながら点字を読むこと、学ぶことには消極的です。
視覚障がい者は墨字を読むことはできません。しかし、晴眼者は墨字も点字も読むことができます。つまり、点字については読めないのではなく読もうとしていないだけなのです。
もし点字を読める晴眼者が30%に増えれば、どうでしょう。単純な理屈で点字を読める視覚障がい者も30%に増えます。30%はもうマイノリティではありません。
点字は決して視覚障がい者だけのものではなく、みんなのものであり、みんなが点字を学ぶことで、視覚障がい者と晴眼者の心の距離がぐっと縮まるのではないかと思いました。
次回は、先に紹介したユニークな点字「ブレイルノイエ(Braille Neue)」(目でも指先でも読める点字)の開発者、高橋鴻介さんにブレイルノイエ開発のきっかけや、開発で苦労されたことなどをお聞きしたいと思います。