エレベーター意匠品の老舗メーカーに聞く エレベーターが人に優しい理由

エレベーター意匠品の老舗メーカーに聞く エレベーターが人に優しい理由

2021年9月3日
レポート

こんにちは。

前回は、エレベーターの開閉ボタンについて書かせていただきました。

【前編】エレベーターの開閉ボタンからユニバーサルデザインを考える
はじめまして。 つながるデザイン研究所 研究員の大村です。 初回の投稿で緊張していますが、どうぞよろしくお願いいたします! 突然ですがみなさんは、バリアフリーと…
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【後編】エレベーターの開閉ボタンからユニバーサルデザインを考える
こんにちは。 エレベーターの開閉ボタンからユニバーサルデザインを考える・後編です。 今回は少し変わったパターンをご紹介します。 前編がまだの方は、こちらもご覧く…
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そして、今回はご縁あって、エレベーター意匠品の老舗メーカー 株式会社島田電機製作所山本さん・仲松さんにお話を聞く機会をいただきました。

記事を書く中で、業界ではどうなのか・なぜそうなのかなど、気になったことを教えていただきたいと思います!

株式会社島田電機製作所

1933年創業。オーダーメイドでエレベーターのボタンや到着灯などの意匠品を製造する専門メーカー。日本の多くの高層ビルにその製品が使われており、国内シェアは6割以上。

1.「とじる」ボタンはなくせない?

ー本日はよろしくお願いいたします。早速ですが、先日、エレベーターの開閉ボタンをテーマに記事を書かせていただきました。開閉ボタンを間違えやすいという問題について、どのようにお考えですか?

山本さん:記事にもあったように、ボタンのデザインには様々な工夫がされてはいるものの、ユーザーにとってはまだまだ使いにくい・わかりにくい部分が多いと捉えています。SNSなどでも「わかりにくいのでこんなのはどうでしょう」といった色々なアイデアが挙がっているのは、私たちも目にしています。

仲松さん:つい最近ですが、小学生くらいのお子さんから、「こんな開閉ボタンはどうでしょうか?」といったアイデアをいただいたりもしました。

ーどのようなアイデアだったのですか?

仲松さん:漢字の「開閉」の字をモチーフにしたデザインでした。開閉の門構えをデフォルメして、真ん中の漢字の違いで表現していました。大人は漢字をベースに考えることはあまりないので、着眼点が面白いなと思いましたね。

ー 幅広い層が関心を寄せているのですね。記事を書いていて思ったのですが、「とじる」ボタンをなくしてしまうのはダメなんでしょうか?

山本さん:実際、欧州などでは「とじる」ボタンがないところが多いです。ランドマーク的な建物にはあるみたいですが、「何であるの?」と思われるようですね。日本では、今は安全サイドに振っていて、なかなか閉まらない時間設定になっているので、「とじる」ボタンが欲しいといった日本人的感覚があるのかもしれません。

ー 安全性を重視する一方で、時間にシビアだといわれる日本人の国民性を考えると、そのご意見には納得です。

山本さん:出荷前のボタンの耐久試験では、他のどのボタンよりも、「とじる」ボタンがたくさん押しても壊れない設定にされているそうですよ。何百万回とか。

ー 何百万回!確かに私も急いでいる時などは連打してしまうことがあります。「とじる」ボタン、なくてもいいかもと思っていましたが、いざなくなってしまったら不便を感じそうですね。開閉ボタン問題の議論は、しばらく続きそうです。

2.「◀▶・▶◀」が多かったワケ

ー ボタンのサンプルを集めたところ、「◀▶・▶◀」のデザインが最も多かったのですが、何か理由があるのでしょうか?

山本さん:一般社団法人日本エレベーター協会が、標準的なエレベーターのピクトグラムを設定していて、開閉ボタンには「◀▶・▶◀」のデザインが推奨されているためです。そこに各メーカーさんが文字を立体にしてボタンを緑にしたり(凸文字グリーン)、大きさを変えたりと、使いやすく・見やすくする工夫を加えています。

凸文字グリーン

ー 確かに「開閉=◀▶・▶◀」といっていいほど、このピクトグラムは定着していますね。他にもピクトグラム化されている例はありますか?

山本さん:有名なところだと、駅のエレベーターの「改札」「ホーム」というボタンですね。あと、小児科などで、行先階を「ゴリラ」「イヌ」など動物で表したりもしています。

ー ピクトグラムではないですが、最近はコロナワクチンの大規模接種会場で、エレベーターを色分けして案内していたのがわかりやすく、移動がスムーズだった、というニュースを見ました。様々な事情を抱えた不特定多数の人が使うエレベーターだからこそ、直感的にわかる工夫は大切ですよね。

山本さん:反対に、まだ浸透していない例もあります。通常より低い位置に「車いすボタン」がありますよね。あれを押すと、扉の開閉時間が遅くなるんです。一般の方には意外と知られていないので、もっと周知が必要だと感じています。

3.エレベーターのユニバーサルデザイン

ー エレベーター業界では、ユニバーサルデザインをどのように取り入れているのでしょうか?

山本さん:工業製品なので、「誰にでも使いやすいモノを作る」というコンセプトはもともと根底にあります。そこからさらに、色々な視点で使いやすさを見直し、利用する皆さんにもわかるよう示してきたのがここ10年くらいですね。ボタンの高さや文字の形、手すりの太さ、表示のコントラストを見やすくするなどの対応を行ってきました。近年はカラーユニバーサルデザインを取り入れたり、ひらがな表記を付加して子どもにもわかりやすくしたりといった観点からの取り組みを行っているところです。

ーわかりやすく・使いやすいことは大前提で、そこからさらに多くの人が使いやすくなるよう、すそ野を広げて工夫を続けているのですね。ユニバーサルデザインでいうと、ほかに音声操作の家電なども見かけますが、エレベーターではほとんど見かけないですね?

山本さん:エレベーターにも音声操作の技術はあります。音声の認識率も非常によいのですが、今の音声操作は、操作を開始する際に「開始」などとといった音声を出さないといけないんですよね。複数の人がいる時には言いづらいとか恥ずかしいといった意見も多く、なかなか採用されていないのが実情です。あとはコストの面もあります。荷物で両手がふさがっている時など便利だと思うんですけどね。

ー利用者側の受容性が追いついていないんですね。でも、オンライン会議が今では当たり前になったように、その必要性が増していけば、音声操作の利用率も増えてくるかもしれませんね。

4.人の目に触れるということ

ー御社はエレベーターの「意匠品」を製造されているとのことですが、「意匠品」とはどのようなものですか?

仲松さん:工業製品の中でも、利用者の目に触れたり、デザイン性が要求されたりするものを指します。エレベーターでいうと、ボタンやホールランタン(到着灯)、インジケーター(階床表示灯)などが意匠品にあたります。

ホールランタン
インジケーター

ー ボタンなどは利用者が触れることも多いですし、素材・質感も大切ですよね。

仲松さん:ボタンの場合、普通の印刷では経年劣化で削れてしまうため、文字部分を削って樹脂を充填することで、デザイン性を上げつつ劣化を防ぐ工夫をしています。あとは利用者の方がよく使うところはエッジを丸くしたりして、小さいお子さんが勢いよく触ってもケガをしにくいようにしています。また、弊社はよくホールランタンをオーダーメイドで製造しているのですが、お客様のこだわりが強いことが多いです。アクリルを削る技術や、気泡を入れずに質感の違うアクリルどうしを接着する技術を売りにしています。

山本さん:同じくホールランタンでいうと、光のムラなく均一に光らせるには、実は結構技術が必要になります。LEDをいくつも並べて光らせるのですが、同じロットの製品の中でも色味にばらつきがあるんです。お客様によってはその違いに気づく方もいらっしゃるので、LEDの取り付けの間隔や、アクリルとLED光源の位置など、試行錯誤しながら決めていくのが、意匠品の大事なところですね。

ー 均一に光って当然と思っていましたが、そんな工夫と苦労があったのですね。当たり前だと思っているものに違和感があると、不快感に変わりますよね。

山本さん:人間の目って一度細かいところに気づいてしまうと、ずっと気になったりしますからね。取り付け後も光り方にばらつきが無いか入念にチェックし、あったらはじいて。そこまでしてうちの意匠品としてやっています。

ー 私たちが当たり前に安心・快適にエレベーターを利用できるのは、業界の皆さんが、その当たり前を作るための努力を重ねているおかげなのですね。一方で、「とじる」ボタンをなくせない理由や、音声認識の話に象徴されるように、単に便利さを追求するのではなく、受け手の受容性とのバランスを考えることも大切なのだと感じました。

私は業務で制作物の改善提案などを行っているのですが、一方的になっていないか、いま一度見直したいと思いました。本日は興味深いお話をありがとうございました。

(写真提供:島田電機製作所)