前2回に引き続き、今回も点字に関する話題です。
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今回は、前回の記事で紹介した、目でも指でも読めるユニークな点字「Braille Neue(ブレイルノイエ)」を開発した高橋鴻介さんにお話を伺いました。
ブレイルノイエを開発した経緯やコミュニケーションデザインについてご紹介いたします。

高橋 鴻介(たかはしこうすけ)
1993年12月9日、東京生まれ秋葉原育ち。慶應義塾大学 環境情報学部卒。卒業後は広告代理店で、インタラクティブコンテンツの制作や公共施設のサイン計画などを手掛けつつ、発明家としても活動中。墨字と点字を重ね合わせた書体「Braille Neue」、触手話をベースにしたユニバーサルなコミュニケーションゲーム「LINKAGE」など、発明を通じた新規領域開拓がライフワーク。主な受賞歴にWIRED Audi INNOVATION AWARD、INDEX: Design Award、TOKYO MIDTOWN AWARDなど。
ブレイルノイエ開発のきっかけ
ー 本日は、どうぞよろしくお願いいたします。
まずはじめに、ブレイルノイエを開発したきっかけを教えていただけますか。
会社に入って企画の仕事に就き、当時、1日1個何かを発明するというのを日課にしていました。その中の一つがブレイルノイエです。
ー 1日1個の発明というのはすごいですね、それは入社されてすぐの頃のことですか。
そうです。アイデアを考えるというのは、入社当時のトレーナーと一緒にやり始めた日課で、続けていくうちにいろんなアイデアがでてきました。
私は昔から物を作るのが好きだったので、せっかくなのでアイデアを何か形にしたいなと思っていた頃に、ちょうど視覚障がいの方の施設を訪問する機会がありました。施設を訪れるのは初めてのことで、そこで出会った人が点字を使っている姿を見て驚いて、点字に興味を持ちました。
ー それまでは点字に関する知識はなかったのですか。
はい、駅にあるなぐらいの感じで点字についてはまったくの無知でした。施設で出会った方が私の目の前ですらすらと点字を読んでいる姿を見てすごいと思い、点字の仕組みなど点字に関するいろんな話を教えてもらいました。その方から、高橋くんも点字が読めると暗闇で本が読めるよって言われて、まさに目からウロコでした。これって未来の文字ですねってその方と話をしているうちに、なんとなく点字と自分の距離が近くなった気がして、ちょっと読めるようになってみたいなと思いました。
ー それが高橋さんと点字の出会いだったのですね。
とはいっても、実際に読もうとするとやっぱり点字ってすごく難しくてハードルが高いなと感じました。だから、もう少しやさしく自然に学べる点字があればいいなと思い、まずは自分で読めるようにするために作ってみようと思いました。
ー 点字を身近に感じたことが、開発のきっかけになったのですね。
(点字の)点を線でつないだら文字になるかもってやってみたら意外とうまくいったので、まずアルファベットのプロトタイプを作ってみました。せっかくだからどこかで試してみたくなって、先輩にアイデアを話したところ、先輩が視覚障がいの方たちとプロジェクトをやっていると教えてもらいました。
目が見える人と見えない人が交流するイベントがあるということで、そのプロトタイプの書体を使ってロゴなどを作ってみることになりました。まだ全然点字のことがわからなかった頃で、点訳とかめちゃくちゃだったと思うのですが、首から下げるイベントの参加証をプロトタイプのブレイルノイエで作ってみました。会場で実際に目の見えない方に触ってもらっていると、その様子を見ていた目の見える方が、これって点字なんだって言って興味を示してくれました。
そのあと、それがきっかけとなって目の見える方が目の見えない方に点字の仕組みを教わっていて、それはまさに自分の施設での体験と同じ光景でした。
点字と文字を一緒にするだけで見える人、見えない人のコミュニケーションのきっかけになるし、見える人が点字という文化に興味を持つきっかけになるところがすごく面白くて、これはもしかしたら広げていく意味があるかもしれないとそのとき感じました。

ブレイルノイエのアイデアと開発
ー 点字と墨字を組み合わせるという発想はどこから生まれたのですか。
私自身がデザイナーとして書体が好きなので、点字と書体というのがなんとなくキーワードとして頭の中にありました。最初は、触ったら音が出るとか匂いがするとかっていうのも考えてみたのですが、あまり本質的じゃないなと感じたので、文字は文字としてアイデアを考えることにしました。いろいろ考えているうちに気づいたことが、点字と墨字って必ずわけて書かれているじゃないですか。そこになんとなく違和感があって、目の見える人と見えない人が同じものを共有することができたら、少しお互いの距離が縮まるかもしれない。そこから点字と墨字を一つにして見える人も見えない人も同じ文字を読むというアイデアに結びつきました。
だいぶ前のことなので忘れてしまっていることも多くて、もっと紆余曲折はあったような気がします。
ー 点字を線でつなぐというアイデアはどこからの着想ですか。
点字を線でつなぐみたいなところは割とライトに試してみて、まずABCぐらいをやってみると、これ意外といけるかもって思ってやっていったら「I」ぐらいで挫折しそうになって(笑)。とりあえず全部いってみようって途中から少しずつ形を変えていったりして、アルファベットと数字を作ってみました。

ー 最初に作られたのはアルファベットと数字で、そのあとにカタカナを作られたのですね。カタカナのブレイルノイエはアルファベットと違って袋文字になっていますが、そのアイデアはどこから生まれたのですか。
あれは確かイベントで使ったときに、英語版だけじゃなくて日本語版もほしいねって話になりました。でもひらがなって曲線が多いので難しいですよと話をしていたら、施設の方からカタカナだったらいけるんじゃないかってアドバイスをいただきました。確かにひらがなと比べるとカタカナって直線的なので、それならいけるかもってことで開発してみることになりました。
ー 確かにひらがなと比較するとカタカナはシンプルそうですね。
でも、実際にやってみたら思ったようにはうまくいかなくて、悩んでいたときに文字の輪郭を点と線でなぞるアウトラインフォントのことを思い出しました。このやり方ならできるかもしれないって、試してみると結構うまくいきました。そんな書体の知識からアイデアが生まれました。
ー 書体を扱うグラフィックデザイナーならではの発想ですね。

点字作りよりも点字の理解に苦労した
ー ブレイルノイエを開発する中で、さまざまな苦労があったことが窺えますが、どういったところで一番苦労されましたか。
文字を作ることはもちろん苦労しましたが、それ以上に点字という文化が自分にとって新しすぎて、点字特有のさまざまなルールを理解するのに苦労しました。点字の仕組みにはじまって、点字の間隔だったり、数符や英字符といった墨字にはない様々なルールがあったり、一番びっくりしたのは音引きですね。「コウスケ」という名前は点字では「コースケ」って書かないといけない。あと分かち書きもそうですね。
とにかく、すごい文化だな、独自の言語だなって、そういうところを理解するのにすごく時間がかかりました
ブレイルノイエを作っていく中で、実際に目の見えない方に触ってもらったときに、これじゃ読めないって言われて、なんで読めないんだろうって思って、調査をしたり、人に話を聞きに行ったりして、そこでこういうルールがあるんだとか、こういうことに準拠しているんだとか、そういう学びを経てようやく使えるものになったというのが今という感じです。
ー 文字の開発以外での苦労の方が大きかったということがよくわかりました。実際に、墨字にはない数符や英字符などはブレイルノイエではどのように表現しているのですか。
墨字にはそもそも数符にあたる概念がないので、そこは点字そのままにしています。濁点符なども同じですね。
ー 確かにそうですね。無理にまったくイコールにするよりも、そこは見て読む人、触って読む人に合わせて最適化した方が、それぞれにとって使いやすいですね。
数符に関しては、見える人には違和感が伝わっていて、文字の外側に出ているけどこれなんだろ、あれっ、これ数字の前に必ず付いてるな、っていう点字のルールに気づく人もいます。
渋谷区役所さんでは、階数表示にブレイルノイエを大きく使っていただいていて、それ自体は視覚障がい者のためのものではないのですが、見える人にとっての発見になるということで使っていると聞きました。この点はなんですかって質問される方もいらっしゃって、実はこれ点字です、館内にもたくさん表示があるのでよかったら見てみてください、と福祉課の方が説明と案内をされているそうです。

ー 逆に違和感が気づきとなって、不思議な点字(ブレイルノイエ)に興味を持ち、学びにつながるということですね。
これなんだろうっていう入り口につながっているところが、いいのかなと思います。
ブレイルノイエは誰のためのもの
ー 先ほど、自分で点字が読めるようになるためにブレイルノイエを開発したというお話がありましたが、ブレイルノイエは視覚障がい者のためのものではないのでしょうか。
究極的にいうとブレイルノイエは見える人のためのものかもしれないと思っています。より正しく言うと見える人と見えない人の架け橋になるものだと思います。
ー 以前の記事で少し触れたのですが、社会は点字を設置することで満足していて、点字を理解しようというところまでは踏み込めていないと私は感じています。
私自身も最近まで点字に関してはまったくの無知で、社内に導入された設備(印刷機)で点字がプリントできるということを知り、たまたま点字に興味をもったのです。点字を知ると点字を読んでみたくなりました。そして、読んでみるとさまざまな気づきがありました。
そういうことが、見える人と見えない人の距離が少し縮まる、つまり見える人が点字に興味を持つということが、高橋さんのいう架け橋なのかなと思いました。
そこは絶妙なバランスが大事だなと思っています。
点字を学んでください、といって入ると学ぶことがハードルになってしまう。一方で、不思議な文字としてなんだろこれって興味を持つと、自然と受け入れることができて点字に対するハードルが下がる。そこがブレイルノイエを作ってみて面白かったポイントですね。
ただ点字の下に文字を書いてあるのと何ら変わりはないのですが、一つになっているだけで興味の持ち方が全然変わる。それはデザインしていて興味深かったし、自分が読めればいいやと思って作ったものが、人に見せると点字ってこうなっているんだっていう点字の仕組みの発見につながるのが面白かったです。
つまり、ブレイルノイエが、誰のため、何のためかっていうと、点字を必要としない見える人が点字に興味を持つ、点字に対する意識が変わる、結果、見える人と見えない人の間にある壁なのか溝なのかが取り払われる、ということが役目なのかなと思います。
ー 点字は、機能でいうと母音と子音の組み合わせで成り立っていて、その気になればあっという間に仕組みが理解できるのに、そもそも理解しようとしていなかったんだなということに、自分で学んでみて気づきました。やはり何かのきっかけが必要で、その一つがブレイルノイエなんだということが、高橋さんのお話からよくわかりました。
〈後編へつづく〉
