前回に引き続き、車いすユーザーの人も、そうでない人も乗ることができる近距離モビリティ「WHILL(ウィル)」についてご紹介します。
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今回は、WHILL株式会社 日本事業部 上級執行役員 事業部長の池田朋宏様さまに、WHILL社のこれまでとこれからについてお話を伺いました。
マーケティングやコミュニケーションデザインの観点から、たいへん参考になるお話を聞くことができました。
池田 朋宏(いけだ ともひろ) WHILL株式会社 日本事業部 上級執行役員 事業部長 立命館大学卒業後、大手印刷会社の企画営業を担当。スポーツ商材の輸出入で世界各国を回る。2017年にWHILL社に入社。西日本拠点の立ち上げや販売網の拡大に携わり、日本事業部のモビリティ販売事業を中心に統括。事業領域拡大に伴い、2023年10月上級執行役員 SVP of Japan Regionに就任。誰もが快適な近距離移動を当たり前に享受できる世界を支えるエコシステム構築を進めている。 |
はじめは電動車いすとしてのイメージが根強かった
ー 本日はよろしくお願いいたします。
私がウィルを知ったのは2018年ごろで、大学院でモビリティに関する研究調査をしているときでした。かねがね、電動車いすって健常者や若者にとっても便利なモビリティなのに、なぜみんな使わないのだろうといった疑問を持っていました。調査の過程でウィルのことを知り、ウィルの製品コンセプトはまさにその疑問に対する答えでした。しかし、そういったウィルのコンセプトが世の中に理解されるには、さまざまな紆余曲折やご苦労があったのではないかと思います。これまでの経緯について、ぜひ、お聞かせください。
私は、今から7年前の2017年にWHILL社に入社いたしました。
7年前と今ではウィルのイメージもだいぶ変わってきて、世の中に定着してきたのかなと思います。当時はウィルの売り方も伝えるメッセージも、すべて「電動車いす」だったのです。対象ユーザーも、歩けない人や1メートル歩けるかどうかといった人を対象としたいわゆる電動車いすとして、販売を続けていました。
電動車いすのイメージを変えるというのは創業当時から目指してきた世界ではあったのですが、ビジネスとして成り立たせるために、やはりはじめは電動車いすとしてアプローチする方法が当時の実情でした。
ー 2017年だと丁度 Model Cが発売された頃ですね。
入社して1年ぐらい経って、電動車いすといういわゆる歩行困難な方の移動支援ツールというだけでは、日本においてこれ以上マーケットが広がらないというのを判断しました。
そこで、「近距離モビリティ」という世の中にない新しいワードを考えました。近距離、中距離、長距離という移動手段があったときに、ウィルのビジネスドメインとして、まず近距離(歩行領域)から出ることはないだろう、ならば近距離にフォーカスした製品にしようと考えました。
そのときはちょっと気恥ずかしかったのですが、スクーターだったり、車いすだったり、既存の乗り物ではなく、近距離に特化したモビリティであることを明確に打ち出して、ようやく歩行困難な人のための移動支援ツールではなく、誰もが近距離を移動するときに、歩行領域で屋内、屋外を自由に行き来して使えるモビリティと定義を変え、社会に対して発信し始めました。
ー 今のお話を聞いて、歩行(近距離移動)を便利にしようというコンセプト、歩行を便利にしたいのは歩けない人だけでなく歩ける人も同じだという考え方がよくわかりました。
私はたいへん共感できるのですが、実際にメディアの反応はどうでしたか。
そのときは、まったくといっていいほど興味を持っていただけませんでした。
そこで、まずウィルを見てもらう、知ってもらう、使ってもらうことが重要だと思い、レジャー施設やショッピングモールなどの長時間の歩行を伴う施設でウィルを一時的に利用できる場所としての「WHILL SPOT」を増やしていきました。
北海道日本ハムファイターズのホームスタジアム エスコンフィールドのあるボールパーク「Fビレッジ」では、2023年3月からウィルのレンタルを開始していて、多くの方にご利用いただいています。
2024年1月には、Bリーグ 群馬クレインサンダーズのホームタウンアリーナ、「OPEN HOUSE ARENA OTA」にもWHILL SPOTができました。
ほかにも、ショッピングモールなど日常的に買い物で利用する場所にもWHILL SPOTが広がっているほか、羽田空港などの空港や各地の病院では自動運転による移動インフラとしても定着しています。
このように、日常的に使う場所、非日常的に使う場所を問わず、どんどんWHILL SPOTが広がって、ウィルを目にする機会、一時的に使える機会が増えていくことで、車いすに対して従来日本人が持っていた先入観が上書きされ、近距離モビリティという言葉が浸透するようになったのではないかと思います。そこまでにはそれなりの時間も要しましたし、実際に製品を販売して世の中に実装していくということが、どれだけ大事かということを実感しました。
より多くの人に使っていただくことが大事
ー 一時的に商業施設などで借りることができるということですが、実際に借りる方はどのような方でしょうか。
まったく歩くことができない方というよりは、自分で歩けるけど長距離・長時間の歩行には不安を抱えているといった方が多いです。
たとえば、おじいちゃんが孫と一緒に家族で遊園地に行ったときをイメージしてください。
遊園地の駐車場までは家族の運転する車で移動して、駐車場から遊園地までは自分で歩く。園内で孫と一緒に遊ぶためには2~3時間は園内を歩かなければならない。そういったシーンでウィルのような乗り物をその場でその2~3時間だけ借りることができれば、とても便利だと思います。
利用者には、高齢の方もいらっしゃいますし、身体疾患なども含め長距離・長時間の歩行に不安を抱えている方もいらっしゃいます。
ー 借りられる方は、歩けない方だけではないのですね。
ただ、単純に歩ける、歩けないという二極ではなく、この状況でより快適に楽しむためにはウィルが必要と感じた方がサービスを利用するといった感じです。その人の置かれた状況によって、サービスを求める必要度も変わります。レジャー施設だとウィルを借りるのに仮に3000円かかったとしても必要なのです。なぜならレジャー施設を存分に楽しみたいから。でも、それが家にいてゴミを捨てに行くシーンだとしたら、3000円を払ってウィルを借りるかというと、それは違うと思います。そう考えると、手軽に使ってもらうというサービスは、必要と思われる状況で、必要な場所に置くことによって、自ずと広がっていくのだろうと思っています。
そして、特定の方だけでなく誰でも使っていいんだと思う人が出てきて、私たちの製品のターゲットがどんどん広がっていく、そんな風に思っています。
日本において車いすのマーケットは流通台数から考えても本当に小さいです。小さいのに、便利さの恩恵に与れない(使うと便利なのに使わない)人がたくさんいるのが現状です。
ー 海外では車いすがもっと普及しているのですか。
はい、もっと普及しています。
ー それは、下肢障がいなどで歩けない方以外の方も、車いすを利用されているということでしょうか。
そうです、歩けるけれども長時間・長距離を歩くのは不安、大変といった方が電動車いすを使う文化が、海外ではすでにできあがっています。
ー そこは文化なのですね。
そうです。私たちは文化を作ろうとしているのです。
電動で、日本では免許が不要で、歩道を走れるっていうメリットがある、たまたま、それが電動車いすに似た乗り物であって、そのメリットの恩恵をもっと使ってほしいと思っています。
介護用具ではなくパーソナルモビリティとして売りたかった
ー 日本では、車いすを使うことに対して疎外感を感じる方が、まだまだ多くいらっしゃると思います。ウィルはユニバーサルなモビリティ(乗り物)ですが、それを邪魔しているのが車いすを使うことへの疎外感で、その疎外感を払拭することが大事だと思うのですが、いかがでしょうか。
7年前にウィルを世に送り出すとき、すでに電動車いすの流通しているチャネルは、「介護用品」として存在していました。そのチャネルにのせて介護用ベッドと一緒にウィルが売られると、それはもう介護用品としての電動車いすなのです。だから、ウィルは近距離移動に便利なパーソナルモビリティとして、クルマと一緒に売りたいと考えていました。自動車販売店のショールームにクルマと一緒にウィルが置かれていれば、それは介護用品ではなくモビリティの中のウィルなのです。そこはとても単純で、置かれる場所、売られる場所によって製品のイメージ、カテゴリーまでも変わってしまうのです。
ー たしかに、介護用品としてのウィル、近距離モビリティとしてのウィルでは、イメージが大きく異なりますね。
それで、3~4年前にようやく自動車販売店での販売契約を取り付けることができました。これが日本中に1000店舗ぐらいあれば、ウィルのイメージは変わるな、変われば売れるなと思いました。なんとか1000店舗広げたいなと思って現在に至ります。
ー 1000店舗の目標達成に向かっては、順調に進んだのでしょうか。
なかなか思うようにはいきませんでした。いざ、自動車販売店をチャネルとして製品を流通させようと思ったら、販売店の方から、「私たちのお客さまには車いすに該当するお客さまはいません」という話になり、私たちと同じビジョンを描いてもらえず、なかなか取り扱ってもらえませんでした。そこで、そのときから、同じことを言い続けました。
ー どのようなことを言い続けたのですか。
大きなメッセージとしては、ウィルが免許返納後も使える移動手段となることです。
自動車販売店の方は、お客さまが免許を返納した途端に、お客様とのつながりがなくなってしまいますが、ウィルを販売することで、免許返納後もお客さまとしてつながりますよ、ということを伝えました。そこに共感いただいて、自動車販売店にも徐々に広がっていきました。
ウィル自体は免許返納後のクルマの代替にはならないけど、ウィルがあれば、近距離の移動において生活を自立させることができます。移動するためのツールがあれば、自分で人に会いにいくこともできます。
そのときは社会背景として、高齢者の自動車運転事故が社会問題となっていました。免許を返納することは高齢者にとってはプライドにかかわることであって、ときには免許返納が家族間のトラブルにつながることもあります。そういうネガティブなイメージを払拭するようなウィルのマーケティングPRキャンペーンなども行っています。実際にウィルを使うことでユーザーの生活がどう変わったかといったようなことを色んな方法で伝えていくことで、徐々に免許返納を誰もが通るライフイベントと捉えていただき、次はウィルを選んでいただく、というようなところまで作れてきたかなと思います。
デザインの持つ力
ー ウィルには異なる3つのタイプがあって、他にはないデザインで、さらにカラーバリエーションがあって、選ぶ楽しみがあります。選ぶ楽しみというのは何歳になっても変わらないと思います。自分でいいなと思って能動的に選んで購入するということが、免許返納後の高齢者の行動変容にもつながるのではないでしょうか。
そうですね、絶対条件としてデザインの持つ力というのは必要だと思います。電動車いすイコール大きな車輪に椅子が乗っているといったイメージができあがっていて、イメージとデザインが結びついてその人の印象になっていると思います。そうすると、車いすというネガティブなイメージの製品をちょっと新しくしたぐらいでは何も変わりません。ちょっと格好いい車いすというだけでは、誰も欲しがらないと思います。
それに対して、ウィルは比較対象がないくらい先進的なデザインだと思います。デザイナーの思いとして、クルマとか自転車とかとは違って、乗っている人が主役になるようなデザインにしたい、かつそれが生活に馴染むものにしたいということがありました。どれだけ格好よくてもそれが生活に馴染まないといけない。無理して使うのではなく、なんの抵抗もなく使い続けられるということに配慮されたデザインだと思います。
今の65歳以上の方はモータリゼーションの発展とともに、車を何台も乗り換えて使われてきた方で、その人たちにとってクルマは単なる移動手段だけではなくステイタスで、運転することを楽しんでいる。そこは、ウィルも運転することが楽しい乗り物になっていると思います。
ー 自分で運転する乗り物であるかぎり、運転することが楽しいというポイントは確かに重要ですね。私もクルマ好きなので共感します。
〈後編へつづく〉