電動車いすとユニバーサルデザイン 3 ~近距離モビリティ ウィル インタビュー 【後編】~

電動車いすとユニバーサルデザイン 3 ~近距離モビリティ ウィル インタビュー 【後編】~

レポート

前回記事のつづき(後編)です。

WHILL株式会社 日本事業部 上級執行役員 事業部長の池田朋宏様に、WHILL社のこれまでとこれからについてお話を伺いました。

マーケティングやコミュニケーションデザインの観点から、たいへん参考になるお話を聞くことができました。

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いけだともひろさんとウィルモデルシーツー
池田 朋宏 WHILL株式会社 日本事業部 上級執行役員 事業部長
立命館大学卒業後、大手印刷会社の企画営業を担当。スポーツ商材の輸出入で世界各国を回る。2017年にWHILL社に入社。西日本拠点の立ち上げや販売網の拡大に携わり、日本事業部のモビリティ販売事業を中心に統括。事業領域拡大に伴い、2023年10月上級執行役員 SVP of Japan Regionに就任。誰もが快適な近距離移動を当たり前に享受できる世界を支えるエコシステム構築を進めている。

マイナスをゼロにするのではなく、ゼロをプラスに変える

免許を返納すると外出が億劫になる、そうすると自宅に引きこもりがちになる、そこでちょうどいい移動ツールとしてウィルを勧めるというのも、確かに大きなメッセージの幹としてはあります。ただ、人は、マイナスをゼロにしましょうといっても、理屈ではわかっていてもなかなか動いてくれません。でも、ゼロからプラスにすることには、人は能動的に行動が変わるのです。なので、ウィルのカタログなどでもそういったメッセージを全面に打ち出すようにしています。

先ほどの話の中にもあった遊園地やショッピングモールでの一時利用もそうで、楽しい場所で楽しむために、ウィルを使って楽に移動する。この「プラス楽しい」といったことをメッセージとして伝えていかないと、理屈だけ伝えても人の行動は変わりません。外出しないと気持ちが塞ぎ込んでしまうよとか、外出しないと足腰が動かなくなるよとか、確かにそれはわかるよ、だからウィルに乗りたいかというと、なかなかそうはならないと思います。外出を促進するのではなく、運転するのが楽しいから、人に会いに行きたいから、だから進んでウィルに乗るという方向に向かわないと、多くの人に受け入れてもらえないと思います。

ウィルシーツーに乗って待ち合わせをする女性

クルマに乗りながら、ウィルにも乗る

そういった方も増えてきています。

平均時速40~50キロで20キロメートル、30キロメートル先へ移動する手段のクルマと、時速6キロのウィルとではまったく比較にならなくて、ウィルはあくまで自宅を周辺とした近距離のモビリティで、そもそもクルマの代替にはなりません。

高齢者は免許返納の瞬間にガラッと移動範囲が変わるのかと思ったら実はそうではなくて、年齢とともに徐々に移動範囲が変わり始めるのです。若いときは東京から大阪まで100キロメートルを頑張ってクルマで移動していたのが、年齢とともに体力的にしんどくなるのと同じで、どんどんクルマでの走量が減っていきます。ちょっと離れたショッピングモールにクルマでいく、それも高齢者にとってはちょっと遠くて、渋滞がいやだったり、駐車スペースを探さないといけなかったりといった精神的なハードルもあります。そして、次第にクルマを運転する機会が少なくなり、やがてクルマを運転しなくなり、免許を返納する、というのが一般的な流れだと思います。

ウィルのユーザーは、この免許返納後のユーザーが大多数かと思っていたら、実は、クルマにも乗りながら、ウィルでご近所さんに会いに行ったり、近所のコンビニに出かけたりといった近距離移動にウィルを使い分けているユーザーが徐々に出始めてきていることがわかりました。

これからは、世の中に伝えていくメッセージを実態に合わせて変えていくことも必要だと思いました。

そうですね、特にModel Sを出してからそういった使い方をする人が増えてきているように思います。

ウィルモデルSと買い物を終えた女性
WHILL Model S

地方都市における移動の課題

先ほどの話の中にもありましたが、ウィル自体は近距離のモビリティなどで、クルマの代替としての移動手段にはならないし、電車やバスといった公共交通機関の代替になるかといえばそれにもならない。つまり、長距離、中距離の移動手段にはなりません。地方都市におけるウィルの役割としては、近距離の移動を活性化させることであって、それが直接的にも間接的にも地域の移動を支えることにつながるのではないかと考えます。

一つは、自宅の周辺など近距離の移動と駅前など少し離れた場所への移動において、ウィルとクルマを使い分けることで生活が便利になると思います。

インタビューを受けるいけだともひろさん

もう一つは、WHILL SPOTの拡充です。先ほどの話の中にあったレジャー施設などの非日常の場所以外に、商業施設など日常利用する場所への拡充を考えています。WHILL SPOTを拡充することにより、歩行をあきらめている人がその場所に行かなくなるということを防げるのではないかと思います。都会よりも相対的に移動距離が長くなる地方においては、目的の場所に到着したのちに無理して歩かなくてもよい、ということが移動の活性につながるのではないかと考えています。

公共交通とウィルを組み合わせる

ウィル、特に椅子型のModel C2、Model Fの利点として、クルマやタクシーに積むことができたり、タクシーやバス、電車にもそのまま乗ることができたりします。そこで、マイカーや公共交通とシームレスに組み合わせて、近距離~長距離まで移動することを働きかけています。たとえばタクシー会社さまにはドライバーにウィルの取り扱いを覚えてもらったり、バス会社さまには、運転手の方にウィルが乗車したときにどうやって車体を固定するかといったことを学んでいただいたりしています。こういった取り組みによって近距離のモビリティと中距離のモビリティを組み合わせて移動の自由を広げることができます。

列車の荷物置きスペースに折りたたんで収納されているウィルモデルF
折りたたんだWHILL Model F

自分たち(WHILL社)だけで、地方の交通過疎の課題を解決することはできないですが、他のモビリティあるいはモビリティ事業者と協力していくことで、解決の一助を担えればと思っています。

確かに都会と地方では移動における課題は異なります。しかし、実際のウィルのユーザー分布をみると、都会に偏っている、地方に偏っているということはなく、マーケットを作るうえで東京だけを見ていたらいいとか、逆に地方に特化すればいいとかいうのはないです。確かに、たとえば都会だと駐車スペースがないといった課題があります。Model Fだと折りたたんでマンション玄関先に置くことができます。

ウィルモデルFを折りたたんでいる女性

地方では田んぼの畦道のような不整地を走行することがあるかもしれないので、多少の凸凹であっても走破性が高いModel C2やModel Sが向いているかもしれません

歩道の段差を乗り越えるウィルモデルS
歩道の段差を乗り越えるWHILL Model S

そういったプロダクトとしての特性は多少分かれますが、ウィルの場合は、身体状況がトリガーとなっての利用なので、あまり都市間での差というのはないです。そう考えるとウィルのマーケットは都会、地方に関わらず全国に広げる必要があり、大変ではあるのですがそれは企業責任であると考えています。

むしろ、販売網が充実しているか否かでその地域の売り上げ比率が如実に変わります。それは、人がいるけどリーチができていないということなので、もっと販売網を増やさないといけないということになります。

ウィルをより多くの人に使っていただくための取り組み

近距離の移動手段というマーケットは、日本ではまだまだ小さいというお話をしましたが、それは製品が広がっていくような仕組み、市場が成長していくような体制がなかったことが一つの原因でもあります。乗り物として考えた場合、クルマのような保険・補償がなく、壊れたときにどうすればいいのか、ロードサービスはないのか、アフターサポートはどこで受けるのか、つまり、ユーザーが安心して使い続けられる仕組みがなく、そこを変えないと普及にはつながらないということに気づきました。

これまでは免許不要のこういったモビリティには、保険や保証といったクルマだと当たり前にあるようなサービスがなかったので、「エコシステム」という名称で、今それを整備しています。専用の保険を用意し、保証についても、全国の認定修理取扱店という制度を設けて、新車販売店の方に登録いただくことで、修理・点検を行えるようにしています。また、お客さまへの納品のときには安全な運転・取扱いについて販売店の方より指導していただけるようにしています。

あと、クルマでは当たり前となっている二次流通のマーケット、つまり中古車市場を作っていこうとしています。

クルマだと若いときには2シーターで、家族ができるとミニバンに乗り換えて、高齢になったらコンパクトカーに、といったようにライフステージに合わせてクルマを乗り換えると思います。ウィルもプロダクトラインナップはそんなコンセプトにしています。Model Sはこれまでから乗り慣れているハンドルのついたスクータータイプ、歩行が難しくなってきて室内外をウィルで移動する必要がでてきた方にはModel C2やModel Fに乗り換えるといったように、身体状況に合わせてウィルを乗り換えていただけるように考えています。それも、やはりマーケットを活性化させる取り組みの一つです。

ウィルの目指す未来

まずは3~5年ぐらい先の未来です。

日本全国のレジャー施設、商業施設にWHILL SPOTが設置され、どこにいってもウィルを借りることができて、ウィルをもっと気軽に使えるようになること。そして、日本全国どこでもウィルを購入でき、製品と一緒に様々なサービス・サポートを届けることができるようになる。

購入ユーザーは、外出先でカジュアルに使えるModel Sから、屋内外問わずに日常的に使えるModel F、Model C2と乗り換えて、ウィルというブランドに長く携わっていただく、そんな未来をイメージしています。
それは、歩行困難な方だけではなく、ちょっと疲れたからウィルに乗るという人が当たり前になる未来をイメージしています。

さらに先の未来です。

日本はこの先どんどん人口が減り、さらに高齢化が進みます。これは予測とかではなく事実です。そうすると色んなところで人を介さないサービス、省人化が進むと思います。こういった社会環境を追い風として、ウィルのモビリティサービスのようなものを、介護士不足の病院などにも広げたいと考えています。
また、WHILL SPOTのような一時利用についても、今のように人を介してレンタルするのではなく、アプリなどを使って事前に予約・さらには無人でレンタルできるようになる。そうすると人目を気にせず、遠慮、躊躇することなくウィルを利用することができるので、もっともっと利用者が増え、いよいよウィルが近距離移動のインフラとして定着する。そんな未来をイメージしています。

インタビューを受けるいけだともひろさん

今のウィルは、より多くの人の移動をサポートするためのモビリティですが、福祉用具としての側面からみた場合、量産品である以上すべての人の移動をサポートすることはできません。製品に合わせて我慢しながら使っている人が少なからずいるのが実情です。
なので、もっと先の未来では、たとえばテーラーメードでその人その人にあったウィルを届けたいと考えています。そうすれば、創業者のミッションである「すべての人の移動を楽しくスマートにする」が本当に実現できると思います。